メルセデス・ベンツ コネクション六本木
週末に東京の方へ行って来ました。
六本木にメルセデス・ベンツの期間限定ショールームに足を伸ばしました。






折角なのでお土産にクリップを買いました。

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週末に東京の方へ行って来ました。
六本木にメルセデス・ベンツの期間限定ショールームに足を伸ばしました。






折角なのでお土産にクリップを買いました。

有名建築家と呼ばれる人達はその時代と対峙しながら名を馳せてきました。
有名芸能人の様に万人に露出することはない為その名は伝わりにくい。
しかしいざ建築の世界に飛び込むと数々の建築家の名前を聞くことになります。
私は建築家の名前に明るくない男ですがそんな中でも日本の近代建築史を築いた「前川國男」氏の名前はしっています。
実は今回の東京の旅で東京江戸たてもの園に来たのはこの家を見るためでした。
建設当時戦時中の為「資材の不足」から30坪程度と建築制限がありました。
そんな今の東日本大震災の被害下にある日本に何か似た物を感じます。
この建物は前川邸となっていますが暫くは前川國男氏の設計事務所として機能していたそうです。家の中に十数人の所員が仕事をされていたそうです。
大屋根切妻のファサードです。
大谷石の敷並ぶアプローチの伸びた先の窪みを入ると玄関ですが、その側に大谷石の隔て壁があります。
この一枚の壁がポーチと庭の使い分けのラインになっています。
壁は導線を曲げ視線を遮り簡単に空間を分けれます。植栽が植えられくるりと回れば庭から室内というもうひとつのアプローチがあります。室内であれ室外であれ「少ない空間を有意義に使うために」壁一枚で用途もアプローチも区切られています。
玄関から入り正面が前川氏の書斎
書斎という空間は個人的にとっても好きです。
その人らしさみたいなものが漂う空間。
リビングの吹き抜け風景
寝室からキッチンを見ていると感じたのですが玄関から書斎など部屋から部屋への風景がどこも素敵なのです。人の立っている姿が風景になりそうな家。
そして部屋から外へと色々な繋がりが何故か気持ち良いのです。
建築家と聞けばもしかすれば「シンプルでかっこいい」「芸術的」などちょっとかっこいいイメージが皆さんにはあるかもしれません。しかし私の求めるものは「見た目は普通」でもいいんです。それより何より家全体の繋がりから生活感そしてそこから生まれるライフスタイルがいかに届いてくるかに興味があります。
こうして色々な建物を見て回わると自然とプランニングの際に私の引き出しから「空間感覚」がニョッキリ湧いてきます。
先日東京都現代美術館へも行って来ました。柳沢孝彦氏による設計。
これがエントランスホールに繋がるファサードです。
こんな形にエントランスホールを軸にホールやギャラリーなどが旗状に取り付いている計画プランです。
エントランスホールはこの様にV字の柱にて壁面をデザインされていました。
建築のデザインの多くは「理由」があります。
ですから「変」と感じるとそこには隠された訳みたいなものが有るんだといつも思います。
このV字の柱が見えることで自分がどの位置にいてどっちを向いているか解る仕掛けなのではないかなと感じました。
この様な感じで遠くに見えることでエントランスホールの位置を確認しやすくしかもV字の傾斜からどういう方向なのか一別出来る。
もしこのV字柱が円柱だったとしたら手前の円柱とかぶってしまい位置の確定は困難であるだろう。
そして四角柱だったとしてもV字のように一方向からみただけでエントランスの方向性はつかめない。
様々な展示やイベントの空間の中で、避難経路にもなるであろうエントランスホールへのアクセスをなんとなく感じさせる手法はとても興味深く感じました。
設計者にお話を聞いたわけでも資料をあさった訳でもないので設計の本当の意図とは違うかもしれませんがそれはそれで建築デザインの意味は奥深いものだと、いつもながら感じさせられます。
札幌に行った際に縁があり
「はだし教育」の札幌市白石にある保育園を視察させて頂きました。
カメラを持っていたために
「かめらまんさん?撮って撮って!!」
と園児のみんなにもみくちゃにされながら
この保育所の児童の物怖じしないすばらしさを感じました。
園舎のメインルームの殆どは1F部分にあり外と身近に繋がっています。
靴箱も各部屋事にありみんな広場に飛び出してきます。
ひのきの床が真っ黒になっているのですがこれは園児のみんなが雑巾掛けするため。
これも大切な教育の一環。
各保育室から年長さんから0才児まで見通せる様になっています。
先生達の為ではなく園児に自然に上のおにーさんおねーさんが何をしているか
感じさせるためです。
給食室は玄関側でみんなのホールからも近く
更に園舎に入ってくるひとの目につく場所に設置されています。
「どこからかやってくる食べ物を食べさせる」
のではなく
園舎においしそうな香りが漂い始め
「そろそろご飯だ」と感じる事も食育なんだとおっしゃっていました。
建物の役目はとても大きい改めて感じることが出来ました。
教育の場においても合理的に空間を作るだけでは生まれる事出来ることが
大きく違ってくると感じました。
3月12日に呉建築セミナーでお世話になる、手塚氏設計による
トヨタL&F広島本社へ見学に行って参りました。

ファサード自体に特徴のあるこの建物
まるでフォークリフトで運ばれるパレットの様です。
トヨタL&F広島の小椋部長さんに丁寧に説明して頂きました。
これは工場部分を外と分離する女性でも閉められるという大きな扉のレール部分
四角なトンネルの中には整備工場部分と
事務所部分に分かれて配置されています。
工場部分と天井が同レベル天井高さ8.4mになるため事務所もこのような雰囲気になっています。
営業開始当時は天井が高すぎて落ち着かないと思っていても一週間経つとこの高さが心地よく感じてきたそうです。
隔てもなく広々とした空間で社員同士がザワザワするイメージがありますが
実は声は一ブロック離れた声は聞き取れないくらいこの広い空間に拡散してしまうそうです。
住空間でも生活する中家族同士のプライバシーに関してもこういった
区切らないで自由に移動出来る空間は非常に重要なファクターになるのではと感じました。

3月12日に行われる呉建築セミナーに向けて後一歩です。
もしよろしければ建築全く関係のない方でも大歓迎です。
ご参加の方お待ちしております。
この秋色々と旅の機会が重なり色々な地へ行った来ました。
兵庫県の寺社巡りから始まり
山口県萩から
そして先日のシルバーウィークには
友人結婚式に京都舞鶴に行ったので
これはと思い京都の街を見てきました。

錦小路
商店街の巾の狭さからくる「振り向いたら向いの軒先」的な
スケール感がとても好きでした。
何よりつまみ食いしてみるとどれも美味しくて・・・
片手にご飯とお箸が欲しいくらいでした。
夜の祇園
白川の流れの近さが何より人の流れを緩やかにしてくれます。


清水寺
夕の時の清水寺へ
この雄大な空間の社寺を体感出来たのは
とても有意義で感動的でした。
立ち止まり腰を下ろしてため息をつくほど。

東寺
日本伝統建物の神髄と言ってもいいこの建物の
存在感に圧倒されました。
いつもなら押さえたい所を見つけては写真を色々撮るスタイルで
見物していましたが、京都はそれが出来ませんでした。
というより、見る物見る物感触が豊かすぎてその世界に
どっぷり浸かってしまいました。
一秒でも見ていたい。。。と言うなんとも不思議な現象
京都に恋してしまうほどでした。
また訪れてみたい大切な街になりました。
名古屋の帰りに夜中の梅田で時間をつぶすことに
そこで第25回建築セミナーでお世話になった
乾久美子氏がファサード設計のルイ・ヴィトン大阪ヒルトンプラザ店に足を向けてみました。
夜中というのもあってこの風景です。
ファサードにもなる外装は3層になっており、1層目には高透過のガラス、
2層目には鏡面に磨いたステンレス製の格子があり、3層目の格子より細かな線のパターンの壁があり、
2層目のステンレスに絡み合うように映り込んでいます。
壁一つにしても色々な考え方があります。
普通の壁は日光を遮断し室内を守り
視線をカットしながら構造として建物を支えもします。
ですがそれ以外にも色々な用途をこなす壁があります。
一番大切なのはそんな場所場所ケースバイケースに併せて
発想を膨らませ対応が必要だと思います。
名古屋栄公園にあるオアシス21に行ってきました。
施設の説明通り「水の宇宙船」と名が付いていますが
質量のすさまじい大きさと広がりを感じる建造物です。
一本の柱を軸に立ち上げられています。
この宇宙船の下は名鉄栄駅から繋がる地下のテナント街とイベント会場になっています。
見上げるとまるで宇宙船が停泊しているかのようにみえます。
アップで見てみると宇宙船の大部分には水がはってあり
水越しに日光が降りてきます。
水面に揺れる日差しを出す宇宙船を見ながら
逆にそこに居る自分が「海底人」になった気分にもなります。
宇宙船の上に登ってくるとそこはまた別世界。
地面の部分を切られたような感覚もあり、都会の公園という囲まれた視線レベルとは
大きく違った風景が広がります。
水は人に身近で生には欠かせない物です。その為建物にも欠かせないものです。
熱を吸収したり色々な形にもなります。
なにより私は水面の反射光がゆらゆら揺れているの光景に興味が尽きません。
ですが普通の場合、衛生的なことから管の中に閉じこめられてしまっています。
昔、学生時代に私の課題には「水」を利用する事を毎回考えていました。
水で薄い滝を作りそこを通り抜け、小川の流れに誘われ館内を遊覧する美術館であったり
各家の屋根と床に水路が流れる集合住宅であったり、その為には色々な事に対処しながら
設計をしなければなりません。
それも踏まえて
いつか水を使った家を設計したいと思っています。

先週ホームページからメールで連絡頂きお付き合いが始まったクライアントさんに会いに
急ではあったのですが名古屋に行ってきました。
そのついでに数点ほど建物を見てきました。
まず見たのがこちら
青木淳氏による栄のルイ・ヴィトンです。
「存在が有るようで無いようで・・・」の言葉に有るように
動きながら眺めると揺れる様な感覚を覚えてしまいます。
近くに寄るとこの様な感じで正方ストライプの多重構造が
その感覚を生み出しています。
感覚として立体万華鏡を見ているかのような感じがします。
「建物にそんな仕掛けが必要?」と考える方もいらっしゃるかもしれません。
「お店だからインパクトが必要」と答えられる人もいらっしゃるかもしれません。
これを家にと考えれば
もしかしたらこの皮膜の様なもので部屋を区切り
違った形の仕切りとして建具のない家も考えれるかもしれません。
ただ家や店にしてもなんでも人に影響を大きく与える物です。
ただ暮らす最低限の箱とだけと考えては本当にその人に合った
家を考えることにはならないと思います。
色々な視点から色々な考えで暮らす人に合う家を考えたいと思います。
過去記事参考「青木淳氏とウミウシ」
昨日は建築士会の行事で
青年部の卒業生のお疲れ会も含め
広島新球場マツダZoom-Zoomスタジアム広島
へ行ってきました。
今回はまず
建物までのアプローチについて書いてみます。
家ももちろんですが建物へのアプローチは非常に大切な物で
しかも敷地以外からの導線となるためリデザインするわけにもいきません。
広島新球場に見られるオープンアプローチはとても参考になるので
歩きながら検証してみました。



球場へのメインゲートに向かうプロムナード
正面ゲートの方へ回る














昨日はいきなり舞い込んだお誘いにより急遽野球観戦に出かけました。
そうです、広島の新しい球場「MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島」です。
正式略称「マツダスタジアム」です。







いよいよ世間はゴールデンウィークに突入していきますね。
皆さんはお出かけの場所おきまりでしょうか?
ちょっとした落ち着いた街並みを見に行かれるのはどうでしょうか?
そこで安芸の小京都「竹原」へ先日行ってきましたのでご紹介です。
4月18日に建築士会で竹原の街並み保存地区へ行ってきました。
正確には「竹原市竹原地区伝統的建造物群保存地区」と文化遺産に挙げられています。
全く余談ですが原田知世主演の「時をかける少女」のロケ地にもなりました。
そんな街並みを歩きながら研修というのが今回です。









先日建築士会の青年委員会会議のため、三原市の芸術文化センターポポロへ行ってきました。
時間がほとんど無かったので、簡単にくるりくるりとしてみました。
この地は実は私にとっては思い出のある場所で、昔はここに市民プールと文化会館があり
子供の私にとっては夏休みの思い出が数多くあります。
そんな地がどう変わったかと思いながら見させて頂きました。
建築界の重鎮である槇氏の設計であるかぎりのデザインが成されていますが、
今回の場合よく見れていないので建物というより三原という街でのこのポポロの役割が
一体何なのか見てみたいと思いながら歩いてみました。
音楽が奏でられているような色々な施設がこちらには設備されています。
しかし、私の居た時間帯週末土曜日の夕方に余りにも人がまばらでした。
催し物は数多く予定にはいって居るのですが、閉鎖的というか
どこか溶け込めない感じを受けてしまいました。
もちろん、槇氏の設計はすばらしいと思います。
ですが、その場所(街)の人々の流れには少し造反して感じてしまいました。
三原芸術センターポポロ ホームページ
高知県香美市香北町にある
香美市立やなせたかし記念館・アンパンマンミュージアム
に行ってきました。
兼ねてから行きたいと思いつつ中々行けない聖地でしたが
年末に少し時間を取って行ってきました。
私の恩師の古谷誠章氏による設計ということもあり
興味はつきません。



私が現地に着いたのは昼下がりぐらいでしょうか
南に北に大開口を用意された建物内には
太陽の光が満ちあふれていました。
訪れている家族やカップルが
館内でそれこそワイワイと過ごしていました。
通常博物館は「展示」の為にあるので閉鎖的な一面を除かせます。
ただここでは少しそれが違い「観光地」という側面が見えてきます。
驚いたことに館内の写真撮影が許可になっています。
撮った写真はイラスト・原画等は公共紹介(ネット・広告等)には使用できませんが
家族で楽しむ分には問題ありません。
ですから館内でアンパンマンとならんで記念撮影などが可能になっています。
そのことがここに訪れる人々の行動に変化が生まれている様に感じました。
そのことが前提で設計されたのか
開かれたエントランスにいる人達の顔が楽しく見えたのかもしれません。
もしかしたらアンパンマンを見にここへ来て
きっとアンパンマンを見ている人達の顔を思い出にして帰る
そんなミュージアムではないでしょうか。
こんなことから
もし家でも・・・・そんなことを考えながら設計出来れば
色々な家が考えられるんじゃないかなと思います。
自分ならこんな家
なんて考え始めれば色々思いついてきそうで
ワクワクしてきました。
こちらは隣接する詩とメルヘン絵本館です。
各隙間にガラス窓があるのですがその足下に
少し面白いギミックがあり小さな開口が開くようになっています。
興味本位で開けてみました・・・ら閉まらなくなって暫く悪戦苦闘しましたが
ちゃんと閉めておきました^^;
香美市立やなせたかし記念館・アンパンミュージアムホームページ ・ 地図
週末は住宅コンペの最終選考の為に東京へ行っていました。
そんな中少し気になった場所へ少し立ち寄ってみました。
安藤忠雄氏の渋谷駅です。
このコンセプトは「自然換気」
地下に楕円形の空間を持たせその空間自体を
東京メトロの顔にしてしまう。
そんなホームになっています。
いきなり現れる楕円形の一部
GRCというガラス繊維補強コンクリートの殻で覆われています。
殻の横から少し覗いてみました。
多数の人々がこの卵の中に飲まれていきます。
先ほどの反対側改札からの風景です。
卵型のプロムナードの屋根が地下鉄の角張ったイメージから
開放しています。
参考 安藤忠雄氏が手がけた渋谷駅の建設現場を公開、循環型社会のメッセージを発信
建築家 伊藤豊雄氏による MIKIMOTO Ginza2です
前回はTOD’S表参道ビルを見させて頂き感銘を受けたので
のぞきにやってきました。
特徴的な外観はTOD’S表参道ビルを彷彿とさせられます。
私の感銘を受けたのは
この外観のまろやかや目隠し感を
住宅の家内部になにかしら出せないかと思う為で
それが何かしら
機能であったり
生活であったり
環境であったりに
追従できないかなと思うわけです。
窓の形や
壁の形を
フリーに出来るそんな事が
可能になる引き出しになればと思います。












ストライプフェイスの効いた外観
質量の重さを感じた建築
異質というより異空間を
外観から感じられました
ワタリウム美術館
〒150-0001
東京都渋谷区神宮前3-7-6
tel:03-3402-3001
fax:03-3405-7714
マリオ・ボッタ Mario Botta
1943年、スイス/ティチーノ州生まれの現代建築家。
サンフランシスコ現代美術館に代表されるモダン住宅や美術館/学校などの建築物から、家具や椅子など建築家として幅広い領域を手掛ける。
私の学生時代の恩師の古谷誠章氏の師匠でもあります。

菱形のガラスブロックで覆われた外観は
周囲とは異質な感覚に感じます。
店内にはいるとこの外観の意味が少し
伝わった気持ちになりました。
建物名:プラダ ブティック青山
設計者:Herzog & de Meuron(ヘルツォーク&ド ムーロン)
所在地:東京都港区南青山5-2-6
構造:鉄骨造、鉄筋コンクリート造
竣工:2003年5月
昨日の東京一日目の夜は
僕の学生時代の同級生の友人と
晩ご飯を共にした
本当に何年ぶりだったろうか
とある人の元で建築を学んだ
僕にとってやっぱりライバルでもあり
大切な友人です。
そのとある人というのが
僕が世界一緊張してしまうお方(T△T)
今回の建物の設計者
古谷誠章氏
「先生!東京行こう思うんですけどお忙しいでしょうか・・・」
「ごめんね〜。いなんですよ東京に。長野にいるからおいで」
「おいで?長野って・・・」
「新宿から2時間ですよ」
「2時間で行けるんですか?」
で来ちゃいました。
茅野市民ホール
「茅野駅にきたらわかるから」とおっしゃる先生の言葉
確かに・・・線路に沿ってあります。




空間には中と外とがありますよね。
建物ってのはその間に存在する壁だったりします。
仕切りと言うべきか膜と言うべきか。
ただ中と外では全く別の空間にしてみたり
中から外へ続いているかのように見せるのも
やっぱり建物のお仕事。

ル・コルビジェの国立西洋美術館の正面に向かい合う様に鎮座しています。

建物は周囲の環境に大きく影響を受けるんですよね。
もしかしたら、ル・コルビジェさんの国立西洋美術館と共に
存在を広げるような感じがしたのは僕だけなんでしょうか。
なんだろう、この安堵感は。
内観の誠実さはなんだか落ち着く
何かが揺らめき
何かがどっしりと存在する。
その差がなんとなく落ち着く。

東京文化会館
〒110-0007
東京都台東区上野公園7-7
設計:前川國男
巨匠ル・コルビジェの元で建築を学ばれた戦後昭和の日本の建築を支えた建築家の一人

東京建物散策物語
一日目のもう一つの大きな目的地
東京国立博物館の中にある法隆寺宝物館
シンプル=薄い建築とするなら
僕が今まで見た建築の中では
一番印象的な建築物でした

エントランスへのアプローチ
玄関というのは家に入る門であるとともに
顔になるんですよね。
人はみんなそんな顔から入っていくんですよね。


広がる空間をどのように仕切りって
どのように見せるか本当に難問です。
ここにはそんな難問の答えがあります。



東京国立博物館
法隆寺宝物館
〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
設計:谷口吉生

迷いながら上野駅まで4日間の大荷物を抱えて
歩いてきましたあなたの所まで(≧∇≦)



展示場の断面は天井に差があり
小さな作品には低い天井
大きな作品には高い天井
天井の高さによって人の行動って
変化するんですよ
だから単純に吹き抜けを用意しても
閑散と感じて時があります


展示場の廊下は回廊式になっていて
角を曲がる度に視線が流れる
同じ場所を回っている感覚がしてきます
展示場の割には監視員が少なく感じました
四隅に目があれば周囲に目が届きます
家で視線が届くことを考えれば
家の何処に子供が居ても
感じることができます


国立西洋美術館
〒110-0007 東京都台東区上野公園7-7
設計:ル・コルビジェ
20世紀で最も偉大な建築家と知られるル・コルビジェ。モダニズムデザインを確立し今でも多くの建築家に多大な影響を与える。国立西洋美術館はそんな彼の設計した日本に存在する唯一の建築物です

呉の山の中腹に埋もれるように建つ「俊山荘」
金谷さんという石鹸屋さんの別荘として建てられ、
昭和8年暮れから約1年間、高松宮両殿下が滞在されたそうです。
日本庭園を誂え南には呉湾の軍港を見渡すことの出来た
すばらしい眺望の立地条件でした。
昭和の香りを感じられるすばらしい建物です。
その香りのする部分的な質感をメインに
本当に一部ですが紹介させて頂こうと思います。
玄関前に立つ「高松宮」の名の彫られた石碑
今となっては廃屋になっているこの邸宅のすばらしかったであろう和室
木にはまだ生がみなぎっているのがよくわかる
建具の越しの眺望がとても落ち着く
障子と縁側の向こうにある
建具との重ね合わせのデザインが絶妙
向こうには呉湾が望まれる
和室廻りの建具全てにに配される金物
繊細で手触りのしっくりとくる
決して派手ではない緩やかな曲線を描く欄間から漏れる光りは
天井に流れる絵になる
天然の杉による床柱
触ってみるとすばらしさが伝わってくる
極めが細かく光沢が肌を流れます
こういった物は今では出会えないものです
欄間部に入るガラスのテクスチャー
トイレ前の洗面台
家の各部にもしっかりと
雰囲気が伝わっています
家の中心の暗い釜場に落ちる光り
家の奥に配置される洋室
部屋に入った瞬間ため息が出てしまう
深みのある木の色、高い天井としっかりした床
どれをとってもすごい
右手の壁には奥の蔵に続く勝手戸
なんだか掃除をしたくなってしまう。
洋室天井の作り込み
すごみのある格天井には桜が
広い広いの邸宅を歩いているだけで色々な風景が流れていく
発見があり気持ちの残るこのすばらしい邸宅を保存できる方法が
何か無いのだろうかと考えてしまいました。
昨日は資格講習で1日缶詰で広島でお勉強。
そんな昼休み中ぶらっと歩いていると気が付けば
広島市幟町の世界平和記念聖堂の前
ふらっと誘われるよう見ていると
「建物ご案内しましょうか?」
とご婦人が声を掛けてくれました。
「村野先生が造ってくださったこの教会のすばらしさを広めたいんです」
とおっしゃる建物案内をボランティアでやっている藤田さんでした。
藤田さんに教わったことを自分なりにお手伝い出来たらと
写真を交えご紹介させて頂きます。
竣 工 1954(昭和29)年8月6日
1983〜1984 補修工事
設 計 村野藤吾(+近藤正志)
構 造 RC(鉄筋コンクリート)造3階建塔高45m(十字含56.4m)
所在地 広島市中区幟町4‐42
「世界最初の原子爆弾の犠牲となりし人々の追憶と慰霊のために、
また万国国民の友愛と平和のしるし」として建てられました。
設計はあの昭和の巨匠、村尾藤吾氏。
広島という中州の地域、指示地盤は地下54m。
しかし特別な構造計算により杭工事を無くし、建物下に
プレートを用意することで砂の上に浮いている基礎構造。
この建物の施工時期は戦後のため物資不足。外壁の煉瓦、曲線を描く窓枠はすべて現地で制作された。

「世界最初の原子爆弾の犠牲となりし人々の追憶と慰霊のために、また万国国民の友愛と平和のしるし」として建てられました。

当初蒼々たるメンバーで設計コンペを開催し設計者を決定しようとしたが一席が現れず、当時審査員として参加していた村野藤吾氏が設計を担当することになる。ところが、村野藤吾氏はそんな形での仕事の為なのか一切の設計費を要求していない。

デュッセルドルフより寄贈された教会入り口の鉄扉。この教会には当時日本同等敗戦の戦後を送っていたはずのドイツからの贈り物が各所に見られる。
教会内部大聖堂内部、外部はモルタルブロックの見事なテクスチャーだが内部は一変してフラットな仕上。各所に見事なステンドグラスの窓が見られる。
この設計に関してコンペ時より「日本らしさのある教会」と言うテーマがあった。

上から松竹梅を意味する上部窓、南面は暖色系のステンドグラス北側は寒色系のステンドグラス。
窓部。こんなに、繊細な窓はなかなか出会えない。この枠まで戦後に現地で制作されたと思うと、今の制作技術は大量生産の為だけに進歩してきたのだろうかと少しいろんな事を考えてしまう。

村野藤吾の階段。蹴込みは直角で踏み面も23cmくらいだろうか。でも狭い螺旋階段だが本当に登りやすい。階段傾斜に合わせて制作された手すりがこんなにも重要な物と改めて教えられた。繊細なデザインというより究極の機能美に感じた。何回も何回も上り下りしながら曲線を描いたんではないだろうか。
鳳凰。なにより驚いたのはかつてここには十字架が掲げられていた。村野氏が提案しシャモまで用意しスケッチしながらイメージをふくらませ作成されたそうだ。実はこの鳳凰二代目と教えられた。初代は繊細なデザイン過ぎて壊れたそうだ。そんな事を聞いても僕にとっては村野氏の人らしいものつくりの笑顔を想像してしまい、なんともうれしい気分になる。

パイプオルガンのサブ鍵盤
プレートにはケルンから広島に送られたと記され、歴史と想いを感じる。案内をしていただいた藤田さんが奏でてくれた音に、頭のてっぺんから何か抜けていくような感覚に襲われる。この、パイプオルガンの先に村野氏の想いがあると思うと体中がしびれてきた。

不思議だ聖堂を見上げると気持ちが落ち着いてくる。自分より大きなスケール感に自分のスケールを合わせようとすると自然と気持ちが揺らぎ、大きなスケールの中に包まれると安心する。変ね意味で何も出来ない胎児になった気持ちになると言えばいいのだろうか。こんなスケール感を住宅の一部に盛り込めないかな〜なんて考えてしまいました。

これもドイツから送られたステンドグラス。今まで見たことのあるステンドグラスの中でも、こんなにすごいと思った物はなかった。素直にキレイとため息が出てしまいました。

地下の空間。ざらついた天井で柔らかいほんのりとした明かり。自分の手のしわが見えないくらいの明るさ。村野氏はこのほの暗い明るさが「いい」と言ったそうです。僕も同感です。
村野氏のデザインした照明が天井を照らす。 どう言えばいいのだろうかただだた暖かい。そんな空間が静かに存在している。
昼休みの30分間だったのだけど、とてもいい旅をさせてもらえました。
案内してくださった藤田様本当にありがとうございました。
毎日案内をしてもらえる訳ではないようなのですが、藤田さんが居るときは案内してもらえるそうです。予約受付もあるそうなので、一度訪れてみられては。
村野藤吾
昭和を代表する建築家のひとり略歴
1891年、佐賀県唐津生まれ。
1910年、小倉工業機械科を卒業後、八幡製鉄所に入る。
1913年、早稲田大学入学。
1918年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。渡辺節建築事務所入所。
1929年、村野建築事務所開設。
1930年、建築研究のためロシア・アメリカ・ヨーロッパ外遊。
1949年、村野・森建築事務所と改称。
1954年、名古屋丸栄百貨店で日本建築学会賞受賞。
1960年、八幡市民会館で建築業協会賞受賞。
1984年11月26日死去。享年93歳。
主作品
そごう百貨店
大阪新歌舞伎座
兵庫県立近代美術館
新高輪プリンスホテル
京都都ホテル佳水園
早稲田大学文学部校舎
日本生命日比谷ビル
宝塚カトリック教会
広島を拠点に注文住宅設計中心の優人舎一級建築士事務所のみやもとまさたかのブログです。「優しい人になれる家」を求めそれぞれの生活スタイルを共に話し見つけ出しながら作り出せる住宅を目指しています!そんな中から提案したい想いやコンセプトを書き綴っています。
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